BTSのコンセプトと個人の信条の折り合い:Tシャツ騒動から考えてみた

ちまたでは、BTSの1人のメンバーが着ていたTシャツに関する一連の報道やSNSでの反応が熱を帯びています。これらの世論の反応により、MステへのBTS出演がテレビ局側の判断により取りやめになったり、さらには年末の歌謡祭への出演にも影響を及ぼしているとか。というか正直、そんなに出演予定があったのか、ということにもびっくりするのですが。

メンバーのJiminくんがそのTシャツを着ていたのは去年のことのようですが、今になってその画像が拡散・批判されるのを見て、「あー、BTSにもついに来たか」というのが私の最初の感想でした。これまでも、メンバーが慰安婦支援ブレスレットを付けていたとか、メンバーがこんなことを言った、というようなことが問題になったことがありましたが、そういう話題はこれまでKポ界隈だけに留まっていて、ここまで一般的に世論を騒がせる事はなかったからです。

正直、なんで今さら?とも思われます。だから、韓国では「BTSを妬んでいるからだ」なんていう反応が出るのでしょう(中央日報記事)。今回に関しては、BTSに批判的な人達、そしてひいては韓国に批判的な人達のやり方(過去写真を掘り出して拡散する)がうまくハマった、ということなのでしょう。ちょうど徴用工裁判の件で世論が韓国に懐疑的・批判的になっている時期と重なります。

韓国の歴史認識とアンチ日本に関しては、別にどうこう言うつもりはありません。私はむしろ、以下の2点について関心を持ちました。

  1. ファッションデザインとそれを選ぶ人・着る人の自由(と責任)
  2. 今後BTSがどういうマーケティング手法(特に対日)をとり、そしてBTSメンバー自身が、自分の思想の発露と他者の考え方との違いをどう克服していくのか

という2点です。

ファッションデザインとそれを選ぶ人・着る人の自由(と責任)

ファッションデザインは、そもそもデザイナーの表現に委ねられていて、表現には自由が認められるはずです。ただそこには一定の限界はあって、それは「公序良俗に反しないこと」というような倫理的な制約よりもむしろ、究極的には「売れるか、売れないか」という商業的な判断基準による制約の方が大きいのではないかと思います。

だからこそ、一般的には過激思想だと思われている、ネオナチの服とかクランの服だって、欧米では潜在的に需要があるから作られ、売られているのでしょう。

求められなければ廃れます。廃れる、とはつまり商売にならない、ということ。なので、デザイナーやアーティストは、やはりある程度世間で求められるもの、受け入れられるものに一部迎合しなければならないという一面があることは否定できません(売れなくてもよい、自分の表現したいことをやりたい、というデザイナー、アーティストの方もいらっしゃると思いますが(Kurt Cobainとか?))。

で、じゃああの原爆Tシャツはどうなのか、ということになるのですが、韓国ではああいった類いの愛国アイテムが普通に売れる=求められるようですね。私はあれがデザイン的にかっこいいとは微塵も思いませんが。

愛国(反日)は「売れる」のです。反日利用がビジネス・マーケティング手法の1つになっているとは、いやはや。

くだんの原爆Tシャツをデザインしたデザイナーは、反日の意図がなかった、と言っているようですが(記事)、正直、そんなことはどうでもいい。原爆の写真の左横にあるkkkkの文字が日本でいうwww(笑)の意味の文字であろうが、そんなことはどうでもいいよ。

自分がそういう(愛国)Tシャツ作りたかったんだから、それでいいじゃん。売れなければ求められてないってことだけど、現に買われているんだし、第一韓国では「何が悪いの?」っていう反応なんだから、別に弁明しなくていいんだよ。アンタの認識を自由に表現した結果のデザインなんでしょ?軽い気持ちで作んなや(だんだん口が悪くなってきた)。

選ぶ人・着る人にだって自由がある

次に、選ぶ人・着る人の自由について。

知り合いの台湾人の学生さん、ゴスロリがすきなのですが、お国では親や友達に色眼鏡で見られてしまうのでなかなか着れないけれど、日本だとゴスロリ着ててもとやかく言われないから楽、と言っていました。自分の気に入った物を着ていい気分になる、というのがファッションのいいところですよね。

そもそもあのTシャツが、ファンがプレゼントした物なのか、スタイリストが用意した物なのか分かりませんが、まああの写真が撮られたのはオフの時だということを考えると、むりやり強制的に着させられたとは考えにくいです。やはり自分で「良い」、と思ったから着たのではないでしょうか。でも選ぶのも着るのも、本来は個人の自由。それがファッションなのですから。

選ぶ人・着る人は少なからず社会的な目から逃れられない

一方で、ファッションは自分自身の志向の発露ということも忘れられてはいけない要素です。そしてそれは、他の人から、「あー、あの人はそういう感じのものが好きなんだね」と思われることでもあります。つまり、自分は好きで着ていたとしても、他人の目・判断からは逃れられない、残念ながら。社会の中で生きていく限りは。

ちょっと重い考え方かもしれませんが、服装を選ぶということは社会的な責任を伴うということでもあるのです。だからこそ、服装にはTPOとか、ドレスコードなんていう慣習的なあるいは明文的な規則があるのではないでしょうか。

自と他のバランスをどう保つか

つまりファッションは、作る人も自由、着る人も自由、表現の一環。だけど、時と場合に適した物、という制約がある。

で、この問題に関して問われていることは、それを着る人の自他のバランス感覚なのではないかと思うのです。公に姿を現す人なら、なおさらのことです。

政治的なメッセージがついたTシャツを着ることが、その人自身の内面の発露ということの自覚、そしてそれを見た他者(この場合は日本人)がどう考えるだろうかという想像力が、残念ながらあの当時の彼にはなかった。

Jiminくんはこの騒動を通して、今何を思っているでしょうか。そして個人的には、この騒動を受けて、賢明なリーダーのRMが彼に対して、そしてメンバーに対してどんなアドバイスしているのかが気になります。

BTSらしさと自他感覚のバランス

BTSは、今後、自と他のバランスをどう保っていくのでしょうか。BTSは、これまで音楽を通じて自分たちが持っている価値観を自由に表明してきました。「こんなこと考えている自分だっていいじゃん、自分自身をもっと語っていこうよ」、というのが、彼らのSpeak Yourselfというスローガンだったのだと思います。

そして、他人から何を言われようが、我が道を行くんだ、という姿勢が彼らのメッセージの1つの特徴です。

であるのであれば、政治的な志向を隠すのも、もしかしたら彼らの本意ではないのかもしれません。

ただ私には、「韓国では全く問題にならないけど、他の国では問題になるかもしれない」、という想像力の欠如が気になります。韓国人にとって、日本人がどう思うかなんて、ちっぽけなことなのかもしれない。でも、そのような自他感覚の欠如は今後彼らがよりグローバルに展開していく中で、足下を掬われる弱点になりえるのではないかと危惧します。

実際、この原爆Tシャツの騒動の中、彼らが過去に行ったコンサートの中でのナチスに似た衣装や演出について、写真が次々と拡散されています。なんとなく、Kエンタメの中の人達は、「自分の国以外の人々の反応」にあまりにも無頓着すぎるのではないかと思ってしまう。

このBTSの騒動以前に、Kポ界隈ではいろんな歌手が反日疑惑騒動を巻き起こしてきました。芸能事務所側もそんな混乱から何かを学んでいるようにはとても思えません。反日無罪?日本相手にはそれでやっていけるのかもしれないけど、今や彼らは、日本よりも大きなファン層を世界に持っている。

Kpopを世界展開している中、いい加減、グローバルに活動する企業としての自覚を持たないと、いつか足下を掬われる事態になりかねないよ。グローバル企業としての自覚とは、「自分たちがよかれと思っている行動が、自分たちが商売をしている海外の国の人たちにどう思われるか」ということについて、あるいは、特に欧米では繊細な問題になっているpolitical correctness(政治的正しさ)について

BTSはこれからどのような対日マーケティングを採るのか

韓国は、愛国(=反日)発言をすると、よくやった、みたいな風潮になる社会です。(例:ソン・ヘギョの三菱自動車CM出演拒否記事)。韓国の俳優さん、歌手の人の中は、折に触れ愛国的な言動を行う人がいますが、そういう発言や行動も、自分の純粋な政治志向から行うというだけではなく、愛国的な言動を行うことは世論のサポートを得ることとに繋がり、それによりスポンサーのバックアップやファンの歓心を買うことができるという社会的背景があるからなんですよね(いわゆる反日ドーピング、とか言われるゆえん)。

BTSには、そういう迎合はいらないはず。

BTSは、旧態依然とした考え方を嫌い自分たちの意見を表明してきたグループです。

自己を殺してまで他者の意に沿うということはしたくない、政治的正しさなんてくそ食らえだ!とか、他者への配慮なんておれらには無用だ!というようなメッセージを、何があっても憚らず己の考え方をこれからの音楽作品の中にちりばめていったりするのでしょうか。それともそのあたりは上手くオブラートにつつんで立ち回っていくのでしょうか。

BTS自身(そして事務所)が今後、こういった問題(自と他の意見の対立とか、愛国信条の表明と日本のファンの感情とのプライオリティの付け方)についてどういう戦略をとっていくのか、とても興味があります。

超個人的補足

ちなみに。愛国(patriotism)が悪いとは思わないんですよね。でも韓国の愛国は、それがイコール反日になってしまうから事態がややこしいんですよ。なんで自分の国を愛するのに他国を非難したり貶める必要があるんだろう。併合時代の36年間を憎む以外、愛国心を鼓舞できるような出来事って、長い歴史の中でないんだろうか。

若い世代が、ぜひ新しいコンセプトの「愛国」を作り出して欲しいなあと思うのは、戯言でしょうか。

なお私は、日本人は愛国であるよりも「知国」であるべきだという考えを持っています。




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ABOUTこの記事をかいた人

たましあです。アラフォー2児の母。国内でも海外でも働けるような、そんな環境を手に入れるため、学校に通いつつ、英語を学びなおしています。自分が楽しいと思うことをやり、言いたいことを言うために、じりじりと邁進中。